2015年09月
山陰トワイライト 玉江~三見
山陰トワイライト 須佐~宇田郷
夏、北海道で撮影中、仲良くなった方は何人もおるが、「この人ほど日本中を飛び回っている人はいない」という方がいた。(以下P様)
それからしばらくして、P様から「誘いの連絡」があり、嬉しくも「山陰トワイライト」に同行させて頂いた。
P様には、旅諸々の手続きをやらせてしまい大変恐縮だった。また、途中何度もご馳走になり、頭が下がる思いで贅沢な時間を過ごした。
本当にありがとうございました。
山陰本線 須佐~宇田郷
さて、今回の遠征は天気に恵まれず、どうでもいいところで薄日が差したりもした。
ここは海バックで側面気味に撮る横構図が理想だが、ドン曇りで色の出ない海を入れても面白くないので縦で収めた。
画像が全体的に白く見えるのは霧によるもので、これでもRAW現像で誤魔化したつもりだ。
一旦「北斗星」関連記事から離れ、「山陰トワイライト」を少しだけ掲載していく予定。
それからしばらくして、P様から「誘いの連絡」があり、嬉しくも「山陰トワイライト」に同行させて頂いた。
P様には、旅諸々の手続きをやらせてしまい大変恐縮だった。また、途中何度もご馳走になり、頭が下がる思いで贅沢な時間を過ごした。
本当にありがとうございました。
山陰本線 須佐~宇田郷
さて、今回の遠征は天気に恵まれず、どうでもいいところで薄日が差したりもした。
ここは海バックで側面気味に撮る横構図が理想だが、ドン曇りで色の出ない海を入れても面白くないので縦で収めた。
画像が全体的に白く見えるのは霧によるもので、これでもRAW現像で誤魔化したつもりだ。
一旦「北斗星」関連記事から離れ、「山陰トワイライト」を少しだけ掲載していく予定。
金縁ヘッド装着の北斗星 古河面縦
「宇宙軒カーブ」で北斗星
黒川鉄橋でラストセイ(北斗星)
定期運行終了後、臨時として生き残り27年にも及ぶ長旅にピリオドが打たれた北斗星。
「消える」ことにあまり実感が沸かないものの、もう撮れないという現実に意気消沈している。
最期の思い出づくりにと、乗る、撮る、駅で迎え見送るなど、人それぞれの葬式をしたことであろう。
私は、撮る事で別れを告げた。
前日、栃木県内で師匠と合流して最終上りに備えた。
最期は天候に関わらず、豊原~白坂の黒川鉄橋で撮影すると決めていた。
撮影地に着くと既に多くの同業者がスタンバイしていた。
多くファンに見守られながら県境を疾走する北斗星は、どこか寂しそうであった。
その後、師匠に無理を言ってまで「ワシクリ」まで追っかけをし、見事間に合ったが、一般人がアングル内に入ったため割愛。
やるせない葬式にはなったが、最期に勇姿を見届けられて良かった。
ありがとう、北斗星。
「消える」ことにあまり実感が沸かないものの、もう撮れないという現実に意気消沈している。
最期の思い出づくりにと、乗る、撮る、駅で迎え見送るなど、人それぞれの葬式をしたことであろう。
私は、撮る事で別れを告げた。
前日、栃木県内で師匠と合流して最終上りに備えた。
最期は天候に関わらず、豊原~白坂の黒川鉄橋で撮影すると決めていた。
撮影地に着くと既に多くの同業者がスタンバイしていた。
多くファンに見守られながら県境を疾走する北斗星は、どこか寂しそうであった。
その後、師匠に無理を言ってまで「ワシクリ」まで追っかけをし、見事間に合ったが、一般人がアングル内に入ったため割愛。
やるせない葬式にはなったが、最期に勇姿を見届けられて良かった。
ありがとう、北斗星。
北斗星、有珠~長和の直線を爆走!
北斗星 北豊津バルブ
黄金で撃沈した後、知り合いの大人の方に高速道路を「はくたか運転」して頂き、北豊津に滑り込んだ。
シビアな追っかけだ。
ここ北豊津は対向の通過「北斗」と行き違い運転停車がある。
停車時間は5分もない。また、北斗星が遅れていると運転停車を簡略化する運転手もいるくらいだ。さらに、停目が定められていないため、日によって停止位置が変わる。そして猛スピードで通過する北斗が撮り鉄の脅威となる。
この日は北斗がハイビで来たため、滅灯されたDD51の前照灯が幾らか光っているように見えた。
前照灯がロービ状態が理想だがDD51のロービは強い光を放つため、少なくとも光源微量の北豊津では思うように撮影ができない。
運をも味方につけなくてはならない難易度の高すぎる撮影だ。
カシも含め4回目の挑戦で勝利を掴んだ。
※ロービの場合は角度をつけたらAFでも撮ることができた。ただし角度をつけて重連を目立たせようとするとホームが写る。